広報活動

ウッドデザインがインクルーシブな空間をつくる「シェルターインクルーシブプレイス コパル」

レポート
2023.09.30

「シェルターインクルーシブプレイス コパル」

◇◆雲のような屋根が地域共生のランドマークに◆◇

のどかな田園風景が広がる山形市南部の郊外に現れる、「シェルターインクルーシブプレイス コパル」。

蔵王連峰の壮大な山並みに呼応する雲のような曲線の屋根は、なだらかな丘のようなランドスケープになっており、空と建築物と周囲の自然が一体となったような景観の美しさがあります。建築面積3000平米以上あるという巨大な施設ですが、その外観のデザインはふわふわとした動物のような愛らしさすら感じます。

その設計コンセプトは「全てが公園のような建築」。
雄大な木造ドームと、木質感の溢れる回遊型の大空間で年齢や性別、天候や季節を問わず、子どもたちの遊び場となるデザイン性が評価され、2022年ウッドデザイン賞の優秀賞(林野庁長官賞、ライフスタイルデザイン部門、建築・空間分野)にも輝いています。

県内面積の約7割が緑豊かな森林に覆われている山形県は、この豊かな森林資源を活用して、地域全体の活性化を目指す「やまがた森林ノミクス」を2013年に宣言。このコパルもまた、山形市産材を積極的に採用し、市産材の利活用普及促進に貢献しています。

コパルは山形市の子育て環境整備の一環として新設された児童遊具施設で、設計者・建設・運営・維持管理者10社がタッグを組み、計画当初から15年間の運営を担っています。
設計の段階から10回の協議を重ね、ただ大型遊戯場を建設するのではなく、インクルーシブな考え方を共有し、共生社会を実現する場になっています。

◆◇「インクルーシブ」なバリアのないあそび場を◇◆

コパルの基本方針は「障がいの有無や、人種、言語、家庭環境に関わらず、多様な個性や背景を持った全ての子どもたちの遊びと学びの場」です。車椅子で移動できるように幅広く設計された館内を繋げるスロープは、思わず触ってみたくなる木の球を配した手すりで、車いすを使わない子どもたちの遊び場へと変わります。

設置されている木琴ベンチは、色々な木種の木を組み合わせたもので視覚的にも可愛らしく、休憩しながらもついつい音を鳴らしたくなる好奇心をそそります。日本で初めて導入された車椅子のまま乗れるブランコや、入り口枠の常滑のタイルの設置による素材の触感の違いなど、多様なこどもたちのワクワク感や五感を触発する遊び心あふれる仕掛けが施設のあらゆる場所に散りばめられています。

メイン空間となる体育館と大型遊戯場に一歩足を踏み入れると、目の前に広がる大きな窓のその曲線は、外に見える蔵王連峰の稜線にそって形作られており、室内にいながら、開放的な空間を演出しています。

体育館のカラマツ集成材のアーチ梁があえて露出させる骨組みになっていて、木に囲まれた空間を演出。スロープによって体育館と遊戯室がひと繋がりになっていて、ぐるぐると自由に回遊できる造りになっており、子どもたちが伸び伸びと動き回りながら、踊り場との境の素材の違いを足ざわりで感じとり、足裏の感覚も養うことができます。

本来、法律によって設置義務があるスロープや誘導ブロックなども、既成のものを設置するのではなく、その義務付けられている様々な設置物が必要な子どもも、そうではない子どもも感覚で他者の存在に気付く、インクルーシブな仕組みとして自然に存在しています。

コパルの周辺にはいくつかの福祉施設や特別支援学校や聾学校などがあります。このインクルーシブな遊び場が誕生するきっかけとなったのは、その近隣の福祉事業所で働く女性の要望でした。

誰もが自由に遊べるはずの公園でも、障害のある人は遊べない物理的なバリアや人間関係などがある現状に気付き、どんな子どもでもどんな天候でも遊べる遊び場をが欲しいと要望したことがこの施設を造ることの出発点だったそうです。

「だれもが素足で走りまわり、危険を取り除かないで安心して遊べる環境を作ろうと考えたとき、それは木で作ることが自然だったんです。そのころはインクルーシブなんて言葉はありませんでしたが、誰でもというものを追及していったら木を採用した施設が出来上がったのです。」と、シェルター代表の木村仁大さんは語ります。

それが大型遊戯場の大きな木製の滑り台に表現されています。傾斜は奥に行くほど緩やかになっており、上る方法も階段を使ったり、ロープを使ったり、スロープから上がったりと方法は様々。

「危険と思われるものを取り除いてしまったら、子どもたちの経験が減ってしまいます。自分の力でできるチャレンジを見つけて、登ることのできない相手とは協力して登ろう、と子どもたち自身で考えることができる遊び方ができる場所が欲しいと思っていました。

大人が危ないと思う事でも、子どもたちに体験してもらわないと運動能力が高まりません。たまに子どもたちからでてくる“もっとこうして”などの声も大切なことだと考えています。だから極力貼り紙もしていないのです。

注意を促すより、これはこういうものなのだ、というように受け入れることで、木の感触や使い方を自分で探るようになると考えています。」と話すのは館長の色部正俊さん。

このような気配りもまた、遊具を通した木のぬくもりや性質を体で学び、堅い建造物が柔らかく寛容に受け入れてくれる建築を実現した一つではないでしょうか。


◇◆木のある空間が21世紀の公共をつくる◆◇

「以前は建材に木材を使うためには使う理由が必要で作為的に使っていた面がありました。しかし、今ではガソリン車から電気自動車への変化を自然に受け止めるように、建築業界全体が木材の利用に対して、理由がなくても受け止めてくれるように変わってきたと最近感じています」

シェルター代表の木村仁大さんがそのように語るように、役場や学校などの公共空間での木造建築物が増えています。県全体で木材活用を推進する山形森林ノミクスの宣言から約10年が経過。山形県のJAS製材の出荷量は2.8倍に増加し、県内に全国初の木造3階建校舎や県施設が誕生するなど、その効果が徐々に形になっています。

「ハコモノ」と表現されていた四角い機能や規制で固められた公共建築から、「インクルーシブ」を追求した結果採用された「木」によって実現された柔らかい曲線と、慣習を打ち破る不均等なデザインが重なることによって生まれた「インクルーシブプレイス コパル」。

設計から運営まで15年間をワンチームで見守るPFI事業として取り組んだからこそ実現できた、存在感を示しつつ蔵王の豊かな自然に溶け込む外観デザインと、「インクルーシブ」「生きる力」「地域共生」という運営のキーワード。

PFI事業とは、民間が資金・経営・技術を結集し、設計から建設・運営・維持管理を行う公共事業の事で、低価格で優良な品質の公共サービスを提供することを目的に行われています。

全国的にも数少ないインクルーシブをコンセプトにした屋内施設には、市街地から離れた郊外の立地にもかかわらず利用者数は月平均約1万5千を数え、国内外からも来場者や視察が後を絶たない注目の施設です

15年間通して見守れることで、木材を中心とした建材を組み合わせ様々な機能を実現させた「個性」が集まる場として、一つの施設が持つインクルーシブな考え方を伝えながら進化させることができるのではないでしょうか。

蔵王連峰の稜線を沿って歩けるスロープ

木材を利用したからこそ実現した誰もがチャレンジできる大型遊具

館内のいたるところにインクルーシブな優しさがあふれる

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