#15

木材の未来を拓くゲノム診断技術

     木材が持つ可能性を拡げてサーキュラーエコノミー社会を実現する。育種には何十年もの時間がかかりますが、ゲノム情報を診断に利用して新品種開発のスピードアップを図ります。本研究では木材強度を診断することで大型建築の構造材にも利用できる高強度品種の開発に繋げ、日本の森林および木材の付加価値向上に寄与します。

    掲載情報の概要

     日本の森林と木材の利用可能性を拡げるために、今後需要が高まることが予想される強度の高い木材に着目した。林木育種の観点から木材強度を改良する技術として、新品種開発を効率化させるための研究開発に取り組んでいる。国産材の用途を拡大することにより、日本の森林や私たちの生活がより豊かになるような社会の実現に貢献する研究である。

    開発期間:2019年4月~2022年3月
    研究場所:住友林業株式会社筑波研究所
         北海道立総合研究機構森林研究本部林業試験場
         北海道立総合研究機構森林研究本部林産試験場
    研究実施体制:住友林業株式会社筑波研究所・・・・・・・・・・楠和隆、海野大和
           北海道立総合研究機構森林研究本部林業試験場・・石塚航、成田あゆ、今博計、来田和人
           北海道立総合研究機構森林研究本部林産試験場・・村上了、大崎久司、安久津久、松本和茂

    ウッドデザイン賞2022年受賞 奨励賞 (審査委員長賞)
    ソーシャルデザイン部門 調査・研究分野
    調査・研究/木材利用のマーケティング・販促に関する調査・研究

    研究の背景

    背景

     近年、国際社会全体において脱炭素社会の実現に向けた取り組みが加速している。建築分野においても、木材は二酸化炭素吸収量が多く環境負荷が低い素材として注目されており、木造建築の需要が拡大している。住宅の床や屋根を支える横架材は一般的に高い強度が求められるが、強度と安定供給の観点から外国産の木材が利用されることが多い。しかし、近年のウッドショックにおける外国産材の供給不安や価格高騰の影響を考慮すると、国内の山から高強度木材を生産できる体制の整備が喫緊の課題となる。さらに、今後は中大規模の木造建築の増加に伴い、より高強度な木材が必要となることが予想される。

    仮説

     林木育種による強度に優れた新品種の開発は、国産材の木材強度を高める手段として有力な選択肢の一つである。しかし、林木育種の最大の課題は時間がかかることであり、特に木材強度のように植栽数十年後の成熟した樹木からでないと定量的な評価が行えないような形質の改良は、現実的には困難であると言える。そこで、木材強度の高い林木品種を早期に作出するために、ゲノム情報の利用が有効であると考えられた。ゲノム情報から個々の苗木の将来の木材強度を診断することで、検定林で試験系統を育て強度性能を定量的に評価する工程を省略することができると、育種に要する期間の大幅な短縮が見込まれる。新品種の開発期間の短縮化によって、これから必要とされる木の性能を早期に実現させ、木の利用可能性を拡げられることが期待される。ひいては、森林および木材の付加価値を大きく向上させ、森林資源の循環利用による経済社会いわゆるサーキュラーバイオエコノミーの実現への貢献にもつながると考えられる。

    研究の概要

    本研究で対象としたカラマツ属の雑種品種であるクリーンラーチ

     都道府県の中でも際立って人工林面積が大きい北海道での主要植栽樹種の1つにカラマツがある。このカラマツは、かつては乾燥時のねじれが欠点であったために主に梱包材としての利用に限られていたが、もともと強度性能が高いという樹種特性があったことから、材の成熟部が増えてねじれの欠点が解消された現在、さらに強度性能を高めることによって建築用途への利用拡大が期待されている。グイマツとカラマツの交雑種は特に強度の高いことが知られており、その交雑種の中から母親をグイマツ1系統に絞り込んだものをクリーンラーチとして現在北海道にて普及が進められている。ここからさらに木材強度の高い品種を選抜することにより、横架材や中大規模の木造建築にも利用できる木材の生産に繋げられると期待できる。

    カラマツのゲノム情報

     ゲノムは生物が持つ全遺伝情報でありDNAの塩基配列としてデジタルに表現できる情報である。カラマツのゲノムは10 Gbpを超える巨大なものであるが、他の生物種と同じく個々の樹木でわずかに異なる塩基配列の差が木材の性質のバラツキに反映される。このゲノムと材質の対応を解明することでゲノム配列から木材強度を診断できると考えられ、ゲノムや実測した木材の性質に関する情報を高解像度でデータ化することにより、木材強度に影響する要因とその関係性を精緻に解析した。

    研究の内容

    研究の対象とした林分

     北海道新冠町のグイマツ雑種F1次代検定林から46年生のクリーンラーチを含む雑種F1を対象として、DNAおよびRNA抽出試料の採取、ピロディンおよびFAKOPPによる材質簡易評価、成長錘コアの取得、伐採後の原木からのラミナの取得を行い、木材強度に関連するミクロからマクロにわたる情報を得た。

    図1 診断技術構築のためにデータを取得した検定林

    研究の成果

    成果1 カラマツ材強度の高解像度解析

     高強度な木材を生産できるカラマツ品種を開発するためには、木材の強度を正確かつ効率的に評価する必要がある。一般的には木材強度は幹の中で一定ではなく、髄から樹皮の半径方向にかけて強度が高くなることが知られている。幹全体としてどの程度の高強度木材が得られるかを高解像度に評価するために、胸高位置の円盤試料からSilviScanとよばれるシステムを用いて、半径方向に100μm単位で木材の密度、ミクロフィブリル傾角(MFA)等の木材強度と関連のある形質を測定した。木材密度は10年目以降に形成された材では一定であること、同一年輪における早材と晩材の関係においてはミクロフィブリル傾角(MFA)がほぼ平行に年次変動していること、半径方向のMFAは個体によって異なっていることが明らかになった。並行して行った小試験片の曲げ試験の結果から木材密度と木材強度に高い相関関係が認められた。また、グイマツ雑種の場合、木材密度だけでなく繊維傾斜度やMFAが木材強度に影響していることが示唆された。

    図2 曲げ強度に影響する要因の寄与度の評価[ 論文元・参考文献 2)より引用 ]

    成果2 カラマツゲノム情報の高解像度解析

     個々の樹木個体のゲノム情報と木材強度との関係を明らかにするためには、カラマツ属樹種が持つゲノム上の変異情報を得る必要がある。本研究では次世代シーケンサーを利用することで数万以上のゲノム上の変異箇所を特定し、クローン識別、親子鑑定、ゲノム予測に供することができる基盤情報が得られた。
     得られた一塩基多型(SNPs)情報の主成分分析によって検定林内の複数の雑種家系を正確に識別できることを確認できた。また、RNA-Seqと呼ばれる方法を用いて研究対象とした樹木個体の遺伝子配列情報を網羅的に収集し、変異の近傍に存在する遺伝子の情報および遺伝子発現情報から、木材強度に影響する原因遺伝子の候補を絞り込むための基盤情報が得られた。

    図3 主成分分析による家系の識別(プロットの色は樹木個体が属する家系を示す。)

    成果3 ゲノム情報からカラマツ材の木材強度を推定

     ゲノム情報と木材強度の対応付けは一般的に、クローン、家系、個体の3つのスケールで行うことができる。本研究においては家系選抜による改良推定と個体による予測の2つのスケールでゲノム情報を利用した育種の効果を検証した。家系選抜においては、木材強度および木材密度に家系間差が認められた。花粉親であるカラマツを選ぶことで、平均的なグイマツ×カラマツ雑種よりさらに10%の強度向上、2%の密度向上を見込むことができると考えられた。得られたSNPs情報を用いたゲノム予測の結果からは、推定精度に改良の余地がありながらも、個体選抜においてのゲノム情報が利用可能であることが示唆された。

    図4 家系選抜による木材強度の改良効果[ 論文元・参考文献 3)より引用 ]

    今後の展開

     本研究の結果から、ゲノム情報を利用することでクリーンラーチの中でもより高強度な品種を選抜可能であると考えられた。本研究の成果を利用して、クリーンラーチの苗から将来求められる形質を持つ品種を選び出すことで、日本の森や木の付加価値を高めるとともに、消費者がより多くの国産材に触れられる未来を実現できると期待される。

    図5 クリーンラーチ苗
    図6 診断したクリーンラーチの植栽

    掲載情報の詳細

    論文元/参考文献1
    ウッドデザイン賞 受賞作品データベース : 木材の未来を拓くゲノム診断技術 [1700] https://www.wooddesign.jp/db/production/1700/
    論文元/参考文献2
    「カラマツ類の材質及び強度的性質」 林産試だより2022年6月号 (2022. 6) https://www.hro.or.jp/upload/9016/2206-2.pdf
    論文元/参考文献3
    カラマツ類の材の強度的性質に関わる遺伝的要因」 光珠内季報,No.203 (2022. 7) https://www.hro.or.jp/upload/4903/203-16.pdf
    論文元/参考文献4
    北海道立総合研究機構プレスリリース (2022. 11. 10) https://www.hro.or.jp/info_headquarters/domin/press20221110.pdf
    論文元/参考文献5
    住友林業株式会社プレスリリース (2022. 12. 08) https://sfc.jp/information/news/2022/2022-12-08.html
    JWDA記事編集者
    根本孝明
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