広報活動

「ウッドデザイン・シンポジウム」レポート前編 五味亮氏(林野庁)・浅田茂裕氏(埼玉大学教育学部)講演

コラム
2023.11.15

一般社団法人日本ウッドデザイン協会は、学校校舎における木材利用の拡大に向け、様々な専門家を招いた「ウッドデザイン・シンポジウム」を10月14日に昭和学院小学校(千葉県市川市、2021年に竣工した校舎「WEST館」[上写真])は、CLT材を活用した機能的で柔らかな印象の木造2階建て校舎が評価されており2022年にウッドデザイン賞奨励賞(審査委員長賞、ハートフルデザイン部門 建築・空間を受賞)開催しました。

本レポートは採録前編として、林野庁 木材利用課の五味亮建築物木材利用促進官による基調講演と埼玉大学教育学部の浅田茂裕教授による特別講演の内容をお伝えします。

「木を使うことが森林を守る原動力」林野庁・五味亮建築物木材利用促進官 基調講演

❑林野庁 木材利用課  五味亮 建築物木材利用促進官

本日は、森林資源の現状と活用への動きについて、お話したいと思います。

まず、日本の森林資源はまだまだ供給できる状況であるという事実をみなさんに知っていただければ、という話から。森林資源を体積で表す「森林蓄積」という統計があるのですが、2020(令和2)年の森林蓄積は54億1,000万㎥でした。森林蓄積は毎年、6,000万㎥のペースで増えています。これは使った木材を差し引いての数字なので、森を十分に活用できることを意味します。

では、利用の状況はどうなのか? 私が林野庁に入ったのは約25年前(1999・平成11年)でちょうどそのときの林野庁長官が今日いらしている昭和学院の山本徹理事長だったのですが(笑)、当時が日本の林業にとって最も厳しい時代でした。毎年、木材自給率が20%前後という状況で、2002(平成14)年には史上最低の18.8%となっています。

今はそれより持ち直しまして、自給率は2021(令和3)年で41.1%、国産材供給量も2002年の1,692万㎥から2021年には3,372万㎥と倍増しています。しかし、先ほども申し上げたように森林資源はむしろ増えている状況であり、まだ活用の余地は多分にあります。

そもそも、森林は「植える」「育てる」「収穫する」「使う」というサイクルを回していかなければ、維持できません。中でも、「使う」プロセスがサイクルの原動力になります。使えば、木を収穫した場所にまた植えて育てていくわけですから、使わなければ森林を守れないのです。そして、木が大きくなるためには光合成によって炭素を木の中に貯めていくので、森林のサイクルと原動力はカーボンニュートラルにもつながります。光合成だけでなく、バイオマスとして化石燃料の代替にするという方法もありますね。

では、使っていくためにどんな取り組みをしているのかという点についてお話をいたします。特に大きなトピックとして「公共建築物での木材利用」「非住宅・中高層建築物も木造化・木質化の促進」「『ウッド・チェンジ』などの啓発活動」があります。

まず公共建築物での木材利用について。2010(平成22)年に公共建築物等木材利用推進法が施行されて以降、木造の公共建築物は増えています。同年には8.3%だった公共建築物の木造化率は2021年には13.2%に。低層の公共建築物に限れば17.9%から29.4%にまで増えています。

公共建築物等木材利用推進法は2021年に、都市(まち)の木造化推進法、という形で改正され、木材利用促進の対象を公共建築物から建築物一般に拡大するとともに、建築主、建設業者、林業事業者が建築物における木材利用の構想を実現するために国や地方公共団体と協定を制度が創設され、これらの制度を促進することなどにより木造建築・木質化の一層の推進を目指しているところです。

以上の動きの中で、施主、建設業者、建築家など関係者の方々へ向けたものとして、『内装木質化した建物事例とその効果』、『中大規模木造公共建築物事例集』という資料を作成しました。ぜひ、みなさんご覧になられて、大規模な建築物についても木でつくることができると実感していただければと思います。

また、今日のテーマである教育施設における木造・木質化でいうと、文部科学省さんが制作した『木の学校づくりーその構想からメンテナンスまでー(改訂版)』、『JIS A 3301 を用いた木造校舎に関する技術資料』などといった資料も、設計士の方々に併せてご覧いただきたいですね。

一方、民間と木材利用促進協定を締結する動きもあります。たとえば日本マクドナルドさんと国との協定は、地域材の積極利用を目的とする内容です。本日のシンポジウムの主催者である日本ウッドデザイン協会さんとも協定を締結しており、こちらは表彰制度としてウッドデザイン賞を設け、普及を促します。

啓発活動では、木育という言葉をお聞きになったことのある方もいるでしょう。木育については、この後、浅田先生が詳しくお話されると思いますので私からは「木づかい運動」、そして「ウッドチェンジ」の紹介をします。

文字通り木を使っていただくための活動であるのが、木づかい運動です。2005(平成17)年度より林野庁としても展開しており情報発信もしていますので、ぜひ「木づかい運動」でWEB検索していただければと思います。

ウッドチェンジは、建物はもちろんのこと、身の回りのものも木に変えていくことを目指す合言葉です。林野庁に登録すればウッドチェンジのロゴマークを利用可能です。みなさんもぜひ登録していただいて、ウッドチェンジにご協力ください。

「建築家は教職員とも議論し学校の木質化を果たしてほしい」埼玉大学教育学部・浅田茂裕教授 特別講演

❑埼玉大学教育学部の浅田茂裕教授

木育という言葉が最初に出てきたのは、2006年に閣議決定された森林・林業基本計画です。以来約20年間、もともと木を生業にしたいと思って農学の学位をとりながらも最終的に教育学者になった私は、木育を研究対象とし、さまざまな場所へ調査をしに行っています。

当然、この昭和学院小学校のような学校校舎の木造化、木質化は木育に大きなインパクトを与えます。

建築関係の方はご存じかもしれませんが、まずは木が人にもたらす基本的な効果についてお話しましょう。金属をはじめとした熱伝導率の高い材料は熱が移動してしまうため、触れると冷たく感じます。一方、木は熱が移動しにくい材料です。赤外線写真を撮ると、手が木に触れた部分は手形がきれいに見えるんですね。これが、人が感じている「木の温かさ」です。

温度だけでなく、湿度の面での効果もあります。京都大学で木の研究をされてきた則本京先生によると、木材は湿度をおおよそ50%に保てるといいます。湿気を吸う、放出するといった吸放湿機能を木の中にあるセルロースが持っているためです。

結果、木材は高温・高湿度によるカビやダニの発生、低湿度によるウイルスの活性を防げます。世界保健機関(WHO)が推奨する快適な環境というものも、温度が18〜24℃、湿度は50〜70%としていますので、まさに木材は適合していますね。

肉体的な健康のほか、精神的な健康にも木は大きく影響しています。

私が木育の研究を始めた頃、複数の地方公共団体が共同で学校木質化に関する調査を行い、それに携わりました。児童へのアンケートに「普段、休み時間は教室でゆっくりしていますか?」という質問があったんですね。本日いらしている木が好きなみなさんは、木造・木質化の校舎であればイエスという答えが多いだろう、と思うかもしれません。

しかし、実際には飛び抜けて教室という答えが多いわけではないんです。

それを説明するには、まず子どもが好きな場所について話す必要があります。子どもが学校で好きな場所としてよく上位に挙がるのが、図書室、特別室、教室、校庭、です。そして、これを非木質化の学校で聞くと、「無回答」や「なし」という答えが多く、「保健室・相談室」といった声も聞かれます。一方、木質化した学校では「階段・廊下」という答えも比較的多い。

また、木質化校と非木質化校でストレス反応を調べたとき、特に女子児童において木質化校の方がストレスを感じる人は少ないというデータが出ています。

これは、どういうことか?

まず居場所の心理的機能という研究がありまして、これによると教室は「被受容感のある居場所」となります。被受容感とは、友達や先生、つまり人と一緒にいられる場所であり、さらにいえば個人的な内緒話ができる場所です。

必ずしも教室が居場所ではないという木質化された学校のデータは、子どもたちが教室以外にも被受容感のあるところを見出しているといえるでしょう。この昭和学院小学校WEST館を見てください。吹き抜けの柵に寄りかかって、あるいは大きな階段に座って子どもたちが話をできるつくりになっています。被受容感を教室だけでなく、さまざまな場所で得られる仕掛けになっているんです。

以上のように子どもたちが思い思いの場所を見つけて自分らしくあり続けることが木を学校に使う意味だと私は考えていますし、また昭和学院小学校の校舎はそれを表しているんですね。

ただ、建築家、設計士のみなさんにお願いしたいこともあります。それは、「先生の話も聞いていただきたい」ということ。私は、学校のユーザーは児童・生徒だけでなく先生も含まれると考えています。しかし、学校をつくる設計士の方とお話すると、「子どもたちのために」「子どもたちにとって」という言葉しか聞けないことが多いんです。

たとえば、長い廊下があると、子どもたちは本能的に走りたくなってしまうんですよ。すると、先生は叱らなければいけない。校舎が「叱る装置」になってしまっているんです。であれば、走らなくなる工夫が必要となるでしょう。子どもたちが走らなくなれば、先生たちのストレスも軽減されますし、それが結局は子どもたちのストレスを減らすことにもつながります。

子どもたちと先生たちにとっての学校はどうあるべきか。そして、学校で木材はどう働くべきか。真剣にディスカッションすべきことだと思いますし、私もその輪の中に入っていければと思います。

≪『ウッドデザインシンポジウム』後編パネルディスカッションはこちら≫「ウッドデザイン・シンポジウム」レポート後編 パネルディスカッションで交わされた、学校で木を使う意義

【関連情報】

2023年10月14日(土)ウッドデザイン・シンポジウム開催(昭和学院ウエスト館)

ウッドデザイン賞 2022年受賞奨励賞 (審査委員長賞) 昭和学院小学校ウエスト館

11.11.住み続けられるまちづくりを
12.12.つくる責任つかう責任
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