広報活動
「ウッドデザイン・シンポジウム」レポート後編 パネルディスカッションで交わされた、学校で木を使う意義
昭和学院小学校WEST館で2023年10月14日に開かれた「ウッドデザイン・シンポジウム」の後半は、パネルディスカッションが行われました。行政、アカデミズム、建築といった各分野の識者から、木造建築と学校教育について多様な意見が交わされています。
シンポジウムのレポート後編として、ディスカッションの採録をお伝えします。
〈登壇者〉
ファシリテーター | 浅田茂裕氏 | (埼玉大学教育学部 教授) |
パネリスト | 大庭拓也氏 | (株式会社日建設計 Nikken Wood Lab監理部門ダイレクター アーキテクト) |
粟田 献氏 | (株式会社竹中工務店 東京本店設計部 設計第2部門 設計4グループ長) | |
寺田智哉氏 | (小田原市 経済部農政課 林業振興担当課長) | |
コメンテーター | 五味 亮氏 | (林野庁 建築物木材利用促進官) |
「単に木を使っていくのではなく、素材が持つストーリーを紡いでいく」昭和学院小WEST館のデザイン
❑日建設計の大庭拓也氏
浅田茂裕氏(以下、浅田):まず、この昭和学院小学校WEST館を設計された日建設計の大庭拓也さん、木造建築への取り組みのご説明をお願いします。
大庭拓也氏(以下、大庭):私が在籍する日建設計では、2018年にNikken Wood Labを立ち上げました。木造建築をはじめとしたプロジェクトの推進、コンサルティングを行う組織です。それでなく、「つな木」というユニットを使った活動もしています。つな木は、木とクランプさえあれば、ベンチのような家具・器具から屋台などの空間までつくれるもの。地域材も使えるので、木ならではの特性であるトレーサビリティ、言い換えれば木の「記憶」を形にできると考えています。
トレーサビリティの点では、この昭和学院小学校WEST館の階段、下側にかがんで入ってみると木の産地が刻印されています。また、東京2020の選手村ビレッジプラザも担当しましたが、ここで使った木材にも産地を刻印しています。
なぜこうした活動や仕掛けをつくっているかというと、単に木を使うだけではだめで、木が持つストーリーを誰にでもわかるよう示したり、地方と都市のつながりを考えたりしながら、デザインしていく必要があると思っているからです。
浅田:ありがとうございます。昭和学院では、子どもがどんな風に育ってほしいというような願いはありますか?
❑埼玉大学教育学部教授の浅田茂裕氏
大庭:面白いなと思ったのが、1〜2年生はRC造の校舎で学び、3〜4年生はこの木造、5〜6年生になるとまたRC造に戻るんですよね。そうすると、木とRCの違いがわかるのではないかと。木の長所、短所、そして価値に気づいてくれるんじゃないかという期待があります。
最新の耐火技術と「木愛」で成り立った大規模木造建築。有明西学園
❑竹中工務店の粟田献氏
浅田:続いて、江東区立有明西学園の設計をされた、竹中工務店の栗田献さんのお話を伺いましょう。こちらも、素晴らしい校舎です。
栗田献氏(以下、栗田):有明西学園は、幅90m、長さ230mという広大な土地に建てられた義務教育学校です。義務教育学校というのは、小学校・中学校の一貫校で、小学校部分の学習は前期課程、中学校は後期課程
と呼ばれます。
こちらの平面図で見ると、校舎の右側が前期課程、左側が後期課程で使われます。江東区の有明地域というのは人口の変動がとても大きな場所ですが、今後の児童・生徒数増減に備え、教室はすべて同じサイズ、しつらえとしておりまして、前期課程・後期課程の区切りはしておりません。どちらの課程でも使えます。
有明西学園校舎の構造として重要な役割を果たしているのが、耐火集成材「燃エンウッド」です。都市部で大規模木造建築をつくるには、耐火性が求められます。燃エンウッドは、現し部分には国産材を用いながら、その内側にモルタル・石膏による燃え止まり層を設けて、耐火性能を高めています。最奥部は集成材による構造体です。
有明西学園では、長野で加工工場の見学、カラマツの植樹をするといった木育が行われています。このような背景から、児童、生徒のみなさんも木に対する愛着がわき、校舎を大切にしてくださっているそうです。
浅田:児童、生徒も「木愛」をもたれているんですね。反対に、先生への配慮やユーザビリティのようなものはありますか?
栗田:木の回廊の吹き抜けでは転落を防ぐ安全対策を行うことで、先生が持つ不安の軽減を図りました。また、校舎に傷がついても結構です、と学校側に伝えています。メンテナンス面での先生や子どもたちの負担が減らすためです。
「川上から川下までの木育で最終的に地域経済への還元も目指す」小田原市の取り組み
浅田:続いて、小田原市の寺田智哉さんより学校木質化のお話です。同市では時間をかけて市内の学校を木質化しているという、非常に興味深い取り組みです。
❑小田原市の寺田智哉氏
寺田智哉氏(以下、寺田):小田原市は、面積が森林であり、そのうちスギ・ヒノキの人工林が6割を占めます。これらの活用が従来からの課題となっていました。
さまざまな公共施設で木材利用を進めておりましたが、さらなる拡大のために検討委員会で出た結論が「学校木質化」でした。そこで、まず市が森林組合から材料を調達し、その翌年度の事業実施年度に施工者へ材料を支給するという方式を採用し、地域材の活用を進めています。
最新の事例である2022年の大窪小学校は、単に木質化の施工をするだけではなく、児童にモザイクのパネルをワークショップでつくってもらいました。
木育も行っています。ここで目指しているのが、幼児期から切れ目のない森林環境教育です。幼児期には木のおもちゃをプレゼントし、小学校になってからは座学での森林学習や実際に森の中へ入って枝打ちをしたりお箸をつくったりという体験をしてもらっています。
切れ目のない、という点では取り組みで川上から川下までのつながりも強く意識しているところです。森林組合の方に話を聞くと、昔は伐採して出荷したらその後のことはあまり関心がなかったそうなんですね。それが木質化や木育によって、林業、加工や施工を行う人、そして消費者までのつながりができ、成果となったと受け止めています。
浅田:地域一丸で進められていますが、実際の地域の方からはどんな声が聞かれますか?
寺田:行政が入ってくれることで一緒にやっていける、という声は聞きますね。木育自体はすぐにお金になるものではありませんので、行政が携わることで民間の方も木育のスタートがしやすくなり、最終的に地域の方が木材利用をして還元につながると考えています。
木育が変える、人々の学び方と生き方
浅田:ここからはディスカッションをしていきましょう。まず、デザインをする立場として、木材を利用するメリットって何でしょう?あるいは、多くの木を利用していくための課題でも。
大庭:課題でいうと、耐火基準が厳しいときに1000平米ごとに防火扉が必要、◯階までしか建てられない、といった制約が出てきて弾力的なデザインが難しくなる点です。しかし、木造でも耐火性の高い建物はつくられますし、木は増改築でも相性がよい材料です。この辺は課題ですし、逆にクリアしていけば可能性も広がっていくと思います。
栗田:私も思うところは大庭さんと同じですね。あとは、今までRCで建築をやってきた中で学校の木造、木質化といっても「何で木なの?」という言葉が担当者の方から出てきてしまうんですよね。そこは、行政のトップ、責任者の方のご理解と決断も必要になってくるかもしれません。
浅田:小田原市は地域材を使われています。制約がありながら小田原市はそれをどう解消していったのでしょうか?
寺田:正直なところ、小田原産の材料だけでは木造にするのが難しかったので木質化に舵を切ったという実情があります。
ただ、ネガティブな背景がありながらも、木質化にもよいところはあると思っています。大きな予算があれば10年単位で校舎を木造にしていく方法があるかもしれませんが、そうでないならば木質化でも数年の間に多くの学校で木材を活用できますから。
五味:寺田さんのお話から、地域ごとの環境に応じて木造・木質化の取り組みが大切だと感じたところです。
一方、先ほど設計のお2人からあった規制のお話ですが、安全にかかわることですのですぐに改めるのは難しいかもしれません。しかし、技術や実情に合わせて合理化していくことは必要ではないかと思います。
❑林野庁の五味亮氏
栗田:本日、昭和学院さんを見せてもらって、本当に勉強になったと感じています。私たちが有明西学園の設計で自信を持っているのは、木造だけでなくどう木質化を取り入れていくか、というところまで目を配った点です。
しかし、少し視点を変える、こだわり以外の面にも思いを巡らすことも必要だったかもしれないな、と感じました。たとえば、部分的にコンクリートの構造体としたところを木質化しているのですが、あえてコンクリートを見せることで木との違いを実感してもらうという方法もあったのではないかと思います。
浅田:それを含めて木育ということになるのでしょうね。最後に、五味さんから本日の総括をお願いします。
五味:関東大震災の後、被災地域の小学校は6〜7割が倒壊し、いわゆる復興小学校はRC造で建てられました。戦後の学校も、ほとんどがRC造です。ただ、今日のお話にあったように、木造建築にもどんどん新しい技術が登場しています。そうすると、関東大震災後の木造からRC造への流れが、再び木造への流れに転換してくる可能性は多分にあります。
学校の木造、木質化というのは学び方の形に影響し、地域にも波及していくことは、本日ご参加のみなさんも実感されたことでしょう。つまり、木造、木質化は単に建物が木になるのではなく、新しい学び方、生き方が生まれていくということだと思います。本日はありがとうございました。
≪ウッドデザインシンポジウム前編はこちら≫
「ウッドデザイン・シンポジウム」レポート前編 五味亮氏(林野庁)・浅田茂裕氏(埼玉大学教育学部)講演
【関連情報】