広報活動
子どもを生み・育てる・こどものための町「なないろこまち」のウッドデザイン
茨城県つくば市に日本全国の妊婦さんから問い合わせが殺到する産婦人科があります。それがここ、2007年に誕生した産婦人科「なないろレディースクリニック」。多様な人の多様な形のお産に寄り添い地域の架け橋となるよう「虹の色=なないろ」と名付けられました。
いまでは「日本でいちばん予約がとりにくいクリニック」として人気の「なないろレディースクリニック」
そのクリニックを核に約一万㎡の敷地に、妊娠・出産・育児・産後コミュニティの機能を持つ4つの施設、さらに託児所・カフェ・コミュニティホール・公園を「こみち」というレンガのアプローチで結んだ小さなまちのような複合施設、それが2023年ウッドデザイン賞林野庁長官賞を受賞した「なないろこまち」です。
田園風景に浮かぶ小さな町のような「なないろこまち」
ランダムな角度で並べられている小箱のような建物は全て病室。
今回は「なないろレディースクリニック」の院長 黒田勇二氏と、設計を手掛けた株式会社黒田潤三アトリエ代表取締役の黒田潤三氏に「なないろこまち」のウッドデザインに込めた思いを伺いしました。
「なないろ」の妊娠・出産の求心力となる病院つくりを経て
―四国や東京都内勤務を経て、なぜこのつくば市に産院を建てられたのでしょう?―
黒田勇二院長(以下院長)「都心にいたときに、なにげなく書店で手にとったつくば市の情報誌を見て訪れたのですが、TX沿線の都市の部分と美しい田園風景をみて、この土と水の命を感じる土地で産科医を開業してみたいと思ったのです」
―「命の力」を感じる設計をという院長のテーマを受けてどのような設計を考えましたか?―
黒田潤三一級設計士(以下黒田氏)「はじめの依頼は病院らしかぬ病院にしたいということで、他の医療機関にはない木をつかった設計を提案しました。一人ひとりに寄り添える患者に優しいクリニックにしたい、「またここで産みたい」と思えるような産後もくつろげる空間をつくりたいということで、自然に優しさと温かみを感じる無垢の木材を選びました」
―今までの産婦人科医院にないデザインということですが、働くスタッフにもなにか変化を感じましたか?―
院長「つくばは学園都市で、生活にもお産にも東京都心並みに意識の高い人たちが多い。医者やスタッフに積極的に要望を求められることが多くあり、必然と自分たちも常に勉強が求められてその要望に応える必要がでます。本来はスタッフも忙しく余裕がなくなっていきますが、木のぬくもりを感じるゆったりとした環境や、回遊できる設計にしたことによって、働く者のストレスも軽減されているのではないかと思います。」
ブックカフェのような待合室。子連れで通う妊婦さんのために300冊以上の絵本も置いてあり、一緒についてくる子どもたちにも寄り添っている
1万人が集う地域の遠心力になる子どものための町「なないろこまち」へ
つくば市の年間出産数は約2000件。そのうち約1300件以上をこのなないろレディースクリニックでとりあげているといいます。開院から10年、1万人はこえる子どもたちが誕生し、退院後は新たに開業した小児科や皮膚科に通う家族も増えたといいます。
「なないろこまち」の入り口にはだれでも遊べる公園があり、近隣のこどもたちも自由に楽しんでいる
―「なないろこまち」には産後も通える施設が多くありますが、初めから設計されていたのでしょうか?-
院長「われわれは、入院した患者さんにアンケートを取っていて、要望があったものを具現化していったのです。もともと、地域から産婦人科となにか一緒にやりたいと言われたときに対応できるように余白を残しておきました。」
黒田氏「最初に建てたアネックスに美容皮膚科や小児科が入っています。木を使って設計したので、デザインに余白があり狙い通り変更しやすい。具現化したものを「こみち」でつなげ、地域と多世代にわたり繋がっていく子育てが地域できるプラットフォームになるような空間形成を考え、実際に利用してもらえるようになりました。」
「なないろこまち」のもとになった「ネクストなないろプラットフォーム構想」。いろとりどりの交流が想定されていた。
ママもスタッフも最大限リラックスできる空間に…
館内も「こみち」で結び、木目の使い方や色使いに細心を払い、産後の患者さんたちが
町で散歩を楽しむような気分になるように工夫したといいます。
外からの「こみち」が続くようなイメージの廊下。自然光を取り入れるために天窓や飾り窓を配置。差し込む光が木を照らしやわらかい印象を演出している
―建築としては外は独立していて、中では繋がっているという独特なつくりですよね
黒田氏「アネックス(一棟目の施設)はカラフルでかわいいイメージだったので、新たに建てる入院棟はモノトーンで高級旅館もしくは家にいるような空間つくりを実現したく、シンプルに木のぬくもり一色で設計しました。病室は2タイプを考え、それをランダムに配置することで変化を持たせています。」
院長「医療空間としては大きく導線も長くなり、当初はスタッフのレギュレーションが気になりましたが、空間のゆとりが気持ちの余裕を生み、心配が杞憂に終わりました。スタッフたちも楽しんで空間を装飾して明るい雰囲気づくりをしてくれます。」
「こみち」散歩の楽しみはインスタ映えするというフォトスポット。最初の5年目まで院長が診察の合間などに一眼レフを首からさげて写真撮影をしてまわり、患者さんに手渡していた
黒田氏「産院だからこその包み込む柔らかさを表現するには、木のキメや色合いも影響します。愛媛の共栄木材さんに材料の調達を調整してもらい、リッツカールトンや豪華客船を担当した腕のいい大工さんを配置できたことも、この施設の仕上がりに影響していますね。」
気が付いたのは、分娩室、処置室、新乳児室など医療施設も整備されているにもかかわらず、病院特有のアンモニア臭が気にならないという点。
分娩室に一歩入ると医療器具がならんでいるがそんな雰囲気も木で和らげている
黒田氏「木材を多用したことと、高さも幅も空間を広くとったことによって通気性が保たれた効果だとおもいます。廊下も「こみち」と考え、医療の機能を損なわず、建物と人とをつなぐ役割をもたせています。」
館内の「こみち」にはフォトスポットが設置され、専用スタッフが対応してくれる。スタッフのみなさんは写真を撮るだけでなく、新ママたちの良きトーク相手
「木のぬくもりが心地よくて」移住してでもずっと通いたい場所
2022年(令和4年度)の統計で日本の合計統合出生率は1.26まで落ち込んでいるといいます。ところが、この医院ではまたここで産みたいと着床後すぐに予約する患者さんが多いといいます。この医院で3人目のご出産をされたという患者さんに「なないろこまち」の魅力を伺ってみました。
―こちらの病院を選んだ理由はなんでしょうか?-
「おうちにいるような雰囲気でいられることです。なにより一番気に入っているのは天井が木の所です。どうしても寝ている時間が長いので、温かみというか柔らかさを感じられるのでリラックスできます。」
なないろこまち」の魅力にひかれ、1人目を出産後近くに移住。小児科なども利用しているという。
ーお二人目を妊娠した時に近くに移住したそうですね。この病院で生みたいと思う魅力はどんなところにあると思いますか?-
「「なないろこまち」はどこにいても木が使われていて空間に統一感があるので、同じようにリラックスできる雰囲気があります。お産はつらいイメージが強かったのですが、ここではそれがなく、むしろお産以外でも泊まりに来たい空間が作られているところです。」
落ち着いた色合いの天井。
「ウッドデザイン賞への応募の動機は「共感」」
―なないろのお産の形に寄り添いながら進化している施設ですが、こちらを木造建築にしたことによる木材に求めた効果は何でしょう?―
院長「木は経年変化もするので、その変化が家にいるとか日常を感じる感覚になれば、産院でも他の診療科でも相当安らげる空間になるのではないかなと思うのです。」
黒田氏「産婦人科は赤ちゃんが最初に生まれて、胎内から外にでてこの世で初めて触れる場所であり、空間だったり、光だったりするので、そこで触れあう素材は、森林で呼吸してきた命ある素材とかであると、赤ちゃんにとっていいことなのかなと思います」
ー医療機関に木材を使用したことで医療業界内などの注目もあるとおもいますが、ウッドデザイン賞応募に期待したことは何ですか?-
黒田氏「賞に応募したきっかけは、著名な審査員の先生にこの「なないろこまち」のコンセプトに共感をもってもらいたいなという思いと、このなないろレディースクリニックがつくば以外の方にも目に触れてもらいたいという動機でした。」
院長「つくばは研究機関も多いので、ご家族が入院したことがきっかけで行政や研究団体から視察希望がくることがあります。この少子化の中で年間1300人以上の新生児がクリニックで生まれるというのは、木の建築に求めたものの効果以上のものがあると思います。
移住のきっかけになったり、新たなコミュニティが生まれたりと、何よりこの少子化のご時世、こういう場所なら何度でも生みたいと思ってもらえたことすべてを含めたことが当院の「ウッドデザイン」だと思います。
建物だけでなく、このコンセプトや患者さんの気持ちを含めて表彰されたことは、病院としても誇らしいことであり、大変光栄なことだと思います。」
今度も「なないろ」の幸せを生み出しつづける「なないろこまち」の進化に目が離せません。
【関連リンク】
- ウッドデザイン賞サイト https://www.wooddesign.jp/db/production/1869/
- 黒田潤三アトリエ https://junzo.com/works/nanairo-comachi/
- なないろレディースクリニック https://www.nanairo.or.jp/