広報活動

森の東京が街の東京を生かす。木と人を守るため、檜原村で行われていること。

2023.10.25

島しょ部を除き、東京で唯一の「村」である檜原村。総面積の93%が山林で占められている、まさに「山あいの村」だ。

村のどこにいても必ず山林が目に入ってくる光景に、ここが東京都と聞いて驚く人もいるのではないだろうか。あるいは、東京都民でも檜原村を知らない場合もあるかもしれない。

しかし、この「山の東京」「森の東京」は、たしかに「街の東京」とつながっている。それを示す言葉から、紹介していこう。

MOKKI NO MORIで見た、多くの木々とその裏にある悩み

「東京って、面白い街なんですよ。雲取山(東京都最高峰の山で標高2017m)から東京湾まで100kmもありません。その約100kmの間に、海、埋立地、オフィス街、住宅街があって、そして山林がある。しかも東京都全体で見たときの森林の割合は、38%もあるんです。世界的にもこんな街は珍しいと思います」

そう語るのは、東京チェンソーズ 執行役員の吉田尚樹さん。

東京チェンソーズは、2006年7月に東京都森林組合の職員だった4人の若者たちによって創業した、株式会社だ(法人化は2011年)。会社概要を見れば、「造林・育林・木材伐出等、森林の整備及び管理」と林業を中心に据えつつ、「根株、枝葉、板、丸太等の1本まるごと素材販売」「現場直送の木材を使用した木のおもちゃ、什器、日用品等の企画・製造・販売」「森林空間を活用した体験サービス提供」まで事業に据えている。まるで、第1次産業から第3次産業までを凝縮して詰め込んだような会社だ。

吉田さんは、「MOKKI NO MORI」と名付けられた東京チェンソーズが所有する山林へ、私たちを連れていってくれた。森の中に入るなり、吉田さんはあるクイズを出題した。

「林業や木材の世界では、その木が何年かけて育ったかを『年生(ねんせい)』という単位で表します。ここには、50年生や70年生……つまり植えられてから50年以上経っている木がたくさんあるんですね。では、この木を切って丸太にし市場へ持っていったとき、いくらの値段がつくと思いますか?」

私たちスタッフは、「2万円くらい?」「10万円」とつぶやく。では、吉田さんが出す、答えは?

「正解は2000〜3000円くらいです。何十年もかけた木なのに、安い、と思ったでしょう? その通りで、この値段では森を維持していくことができないんです」

そう言って、吉田さんは普段、トラックや林業機械がとおるための道を先頭に立ち、私たちを案内した。

しばらく歩いて見せてくれたのが、数多くのスギが生えている場所だった。上の写真がまさにその場所だが、読者のみなさんはこれを見てどう感じるだろうか? 鬱蒼と木々が生えている、マイナスイオンが多く発生していそう、などというように、ポジティブな反応も多いのではないかと思う。

しかし、吉田さんは逆に、ネガティブな説明を始めた。

「奥の方の木を見てください。ものすごく細くなっているでしょう? 光があまり当たらず、きちんと育っていないのです。つまり、木が健康に、また木材としての利用が可能になるように育てるためには、間伐などの手入れを日々、行っていかなければならないということですね。

みなさんはここやほかの檜原村の森を見たとき、自然がいっぱいだと感じたかもしれません。しかし、実際には先ほど申し上げたような木材価格の下落、さらに林業従事者の減少などで、人の手が入らず、健全な状態を維持できていないんです。それは、檜原村も、ほかの全国の人工林も、同じです」

誰もが森を実感できるために

❑ウッドデッキで東京美林倶楽部の説明をする吉田さん

前述のように、こうした林業、木材を取り巻く厳しい環境がありながら、東京チェンソーズは2006年に創業、さらに彼らは現在MOKKI NO MORIとなっている山を以前の所有者から購入している。なぜ、火中の栗を拾うような厳しい道のりを選ぶのか?

もちろん、代表者である青木亮介さんをはじめとした元から林業に従事していた若い世代が、この仕事や山林を守っていきたいという情熱があったのは、たしかだ。その上で、吉田さんは東京チェンソーズが描く林業の「成長戦略」を教えてくれた。

「東京都から委託される事業を請け負っていけば、売上は立ちます。実際に、今も自社で持っている以外の場所でも、伐採や手入れをしています。

ただ、それだけだと会社としての自由度が低くなってしまう。従来の林業からより成長していくためには、木を切って売るだけの事業から別の展開が必要です。それを行うため、自分たちで山を持つ、という発想に至りました」

そこでできた事業の1つが、「東京美林倶楽部」。会員を募り、30年をかけて植栽、下刈り、枝打ち、間伐といった林業の仕事を会員自らが行い、「自分の木」を育てていくものだ。

吉田さんによると、会員になった人が急斜面の山に入って植栽や下刈りをするとなると、最初は「本当にここでやるんですか?」と驚くという。しかし、手を動かしていくうちに木への愛着が湧くそうだ。初期の会員が亡くなった際には、その会員が育てた木で位牌をつくるケースもあったのだとか。

また、先ほどから何度も名前が出ている、このMOKKI NO MORI全体も、東京チェンソーズの事業と直結している。

「MOKKI NO MORIは、会費を支払っていただければこの森をいつでも、何度でも(※)ご利用いただける、『森のサブスク』です。法やモラルに触れず森に悪影響を与えない限りは、自由にMOKKI NO MORIの中を使っていただけます。

ただし、車は山の上にある駐車場に停めていただいて、今日のみなさんと同じように山道を歩いていただく必要はあります。また、環境配慮型のトイレはありますが、電気やガスは通っていません。焚き火や料理、その他のいろいろなことをするには、会員のみなさんに荷物を持って歩いていただく必要はありますね(笑)」

(※)環境保全、利用者の安全確保のため、各日定員あり

東京チェンソーズは、森の外へも展開する動きも見せる。その1つが、上の写真にある「山男のガチャ」。木材の未利用部位をガチャガチャの構造の一部や中から出てくるおもちゃに使っているものだ。現在、檜原村=15台、檜原村以外の都内=53台、その他=2台の、合わせて70台が設置されている。設置場所には売上の10%が設置手数料として支払われ、残りは森づくりに還元。この山男のガチャと、ワークショップを開く軽トラック「森デリバリー」はそれぞれ、2021年と2022年のウッドデザイン賞(林野庁長官賞)を受賞している。

森は海とつながり、街ともつながっている。豊かな森から流れ出た豊かな栄養分のある水が海へ注ぐことで魚介類を育み、また木が生み出す酸素を人間やそのほかの動物が吸っている。冒頭で述べたように、森の東京と街の東京はたしかにつながっており、そして森を守っている人も存在するのだ。読者のみなさんも、MOKKI NO MORIや檜原村で、それを楽しみながら知ることができる。

平日でも子どもたちの声が聞こえる「檜原 森のおもちゃ美術館」

そして、吉田さんは社用車に乗って、少し山を下りた場所まで先導した。その場所とは、「檜原 森のおもちゃ美術館」。美術館を運営するのは、檜原村と特定非営利活動法人 東京さとやま木香會だが、成り立ちには東京チェンソーズも深く関わっている。

先ほども少し名前が出た東京チェンソーズ 代表の青木さんが、檜原村の木を使った観光と産業の拠点を発案。それを、当時の檜原村長に説明したところ受け入れられ、観光の拠点として森のおもちゃ美術館の建設が決まった。建物やおもちゃに利用されているのは、すべて檜原村産のスギ、サワラ、ヒノキだ。

一方、森のおもちゃ美術館に隣接して、おもちゃ工房も建設。やはり檜原村産の木材を活用し、「ひのはらおもちゃ」のブランド化を目指す。こちらの運営は東京チェンソーズが行っている。

百聞は一見にしかず。まずは森のおもちゃ美術館の様子をご覧いただきたい。

山をイメージした遊び場

森の中にいるように木が立ち並んでいる

集中してあそんでいる子供たち。ボールには名前などが書いてある。

私たちが取材したのは平日だったのにもかかわらず、多くの子どもたちが笑い声をあげながら遊んでいた。土日ともなれば、ここがいかに混雑するか、容易に想像できる。実際、土日を中心とした混雑日は入館制限で2時間程度の利用となることもあるといい、案内してくれた館長の大谷貴志さんも「来られるのであれば、平日のご利用をおすすめします」と話す。

ここで挙げた写真はそれぞれ、山、森、川をイメージしてつくられたプレイゾーン。山、森、川はいずれも檜原村の土地を表現したもの。2階には3歳未満専用の「赤ちゃん木育ひろば」も設けられている。3枚目がその赤ちゃん木育ひろばで遊ぶ子どもの写真だ。こうした川のゾーンは1階にもあるのだが、人気が高く、大きい子たちの中に入っていけない乳幼児とその親も、赤ちゃんも木育ひろばなら安心して遊べる。

同じく2階にあるのが「木のおもちゃひろば」。ここには、さまざまなサイズのけん玉が置かれており、年配の来場客は孫への腕の見せどころと熱中されている、と前出の大谷さんは語る。

グッド・トイを展示

その木のおもちゃひろばの隣にある「グッド・トイひろば」では、最新のおもちゃが楽しめる。グッド・トイとは、「健全」「ロングセラー」「遊び・コミュニケーションを尊重」しているおもちゃへの表彰制度。グッド・トイひろばはこれを受賞したおもちゃが並び、体や頭を使う数々のおもちゃに、取材陣も没頭した。

屋外にも木を用いた遊具があり、取材中、ここでも子どもたちが遊んでいた。また、「CruChoi くるちょい」と名付けられた売店では木のおもちゃが販売されているので、美術館の中から家に帰るまで、木に親しみ楽しめるスポットといえるだろう。

館長の大谷貴志さん。手に持つのはウッドデザイン賞の賞状

なお、檜原 森のおもちゃ美術館もウッドデザイン賞を2022年に受賞している。「都市と森の交流につながる木育施設であり、素足で感じる木の心地よさ、柔らかさは子どもにも大人にも感じるものがある。館内での遊びから周辺の森の散策など、その魅力を味わうにふさわしい施設」が受賞理由。

たしかに、床材の多くをぬくもりあるヒノキを使いながら、前出の赤ちゃん木育ひろばだけは乳幼児が動きやすいようスギの床とするなど、木と人の温かさを感じられる。

きちんと手入れされた山から切り出された木が、さまざまな形に変わり、人を経済的にも情緒的にも豊かにしていく。こうしたモデルが檜原村だけでなく日本中へと広がっていけば、山に住む人、街に住む人、双方の営みを末永く残せるのではないか。

ここで、あらためて東京チェンソーズの吉田さんによる、森を守る意義についての言葉で締めくくりたい。

「檜原村の人口は、たった2000人です。林業が盛んだった昭和の時代は6000人以上だったこともあるそうですが、木や森が衰えていくのとともに人も減っていってしまったんですね。MOKKI NO MORIの近くにも集落がありますが、その世帯数は2世帯。こちらも、かつては9世帯あったといいますが、減ってしまいました。檜原村はそんな集落が点々と存在していて、あとの場所は森、という村なんです。

これから人口を反転させていくのは、無理かもしれません。一方で、森は人にとって価値のある空間なのはたしかです。なので、森を知っていただき、それをベースに産業を育んでいけば、森と人を守ることにつながりますので、檜原村や私たちのしていることも、意味があると信じています」

【関連リンク】

■東京チェーンソーズ 2021年ウッドデザイン賞優秀賞 (林野庁長官賞)受賞「山男のガチャ」

https://www.wooddesign.jp/db/production/1488/

2022「森デリバリー」ウッドデザイン賞優秀賞(林野庁長官賞)受賞https://www.wooddesign.jp/db/production/1685/

■檜原村おもちゃ美術館

https://www.wooddesign.jp/db/production/1731/

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